5:赤いリボンで束ねた花を







例えば、彼女を花に例えるとしたなら、黒い薔薇だ。
闇に咲いても分からない。
だけど棘は研ぎ澄まされ、不用意に踏めば、怪我をする。
そんな女。


「これ、どうしたんですか?」
 最近では安藤の涙ぐましい努力で足の踏み場も確保され、ゴミ袋の山もなくなり、 シンクも綺麗に片付けられた部屋に、真っ赤な薔薇の花が飾られていた。
ゴミ箱にされていた花瓶はやっと本来の用途として使われていて、彼女の部屋にして はあまりに「まっとう」な風景に、安藤は少しおかしな気分になったけれど。
「ああ、さっき薫ちゃんがアンタのお見舞いにって持ってきた。いまどき真っ赤な薔 薇なんて、薫ちゃんらしいけどね」
「へえ」
 ようやく起き上がれるようになり「死人」役も終わり、だけど、まだ完全復帰とは いかず、雪平にずっとくっついているわけにもいかない。
好都合なことではあるけれど、不都合でもある。
だが、それならそれで動きようもあるのだが。
「綺麗ですね」
「だね。あたしの部屋には似合わないけど」
「そうですか?せっかく綺麗になったんだから、花の一つくらい飾ってもいいと思う んだけどなぁ」
「安藤の部屋には、花が飾ってあるの?」
「いや…パソコンばかりで殺風景ですよ」
壁一面を埋め尽くす雪平の写真以外は。
本当に何もない殺風景な無機質な部屋。
「じゃあ、これ持って帰って飾れば?薫ちゃんがアンタにってくれたんだし」
「いいですよ。どうせまだしばらく、僕はここにいるんですから」
「ま、それもそうか」
冷蔵庫に向かう雪平の背中を見て、安藤は薔薇に視線を移した。
「……僕、黒薔薇が好きなんですよね」
「ん?黒薔薇?」
「あ、ええ。何ていうか、綺麗だなって思うんですよ。何者にも染まらない感じがし て」
「不吉だなって感じじゃない?」
「いや、別にそんなこと思いませんよ。綺麗だなって思います」
そう、あなたのように。
何にも染まらない、屈しないあなたのように。
「じゃあ、赤い薔薇は?」
「嫌いじゃないかな。雪平さんは?」
「あたしは赤い薔薇は好きだよ。……血の色だけど」
「え?」
「人間の本質の色っていうかさ。きっと赤って、人の本能の色なんじゃないかなって 思う」
「なんか哲学的ですね」
「哲学なんて大層なもんじゃないよ。……赤い色を見ると心臓が騒ぐっていうか、命 を意識する。だから、犯罪から、被害者になってしまう人たちを守らなきゃって思 う。犯罪者だって人間だって、理屈じゃ分かってるんだよ。犯罪を起こしてしまった 理由だってそれぞれにあるって。…だけど、あたしは刑事だから。犯罪を同情で許す わけにはいかない」
 この想いにユタカは殺された。
それを思うたび、今すぐにでも飛び掛って殺してしまいたいと思う一方で、雪平を抱 き締めたい自分もいる。
「……雪平さんは、刑事だから、それでいいと僕は思います」
だから、今は抱き締めたい気持ちに従おう。
「……僕は、刑事である雪平さんを信じてますから」
ふわりと雪平を抱き締めると、甘い薔薇の香りがしたような気がした。
「安藤……?」
「……黙って、雪平さん」
「……どうした?」
「……いいから、黙って、少しだけ」

黒薔薇のような人だと思っていた。
凛として、何者にも染まらない強さを持っている人だと。
だけど違った。
弱くて、寂しがりやで、だけどゆるぎない信念を持つ人で。
彼女は、赤い薔薇だ。

「雪平さん。僕も、赤い薔薇が好きになりました」
「ん?」
「今、雪平さんの話を聞いて、黒い薔薇より赤い薔薇が好きになりました」
「ずいぶん簡単な宗旨替えだね」
「切り替えが早いって言って下さい」
どちらの薔薇にも研ぎ澄まされた棘がある。
だとしたら、どちらでもいい。
彼女のような花ならば、愛おしいのは確かだから。
「……今度、プレゼントしますね」
「ん?」
「薔薇の花束。真っ赤なリボンで束ねて」
「ベタだねー」
「両手に抱えきれないくらいとか、お約束でしょ?」
「分かった分かった。事件が解決したらお祝いに、花束もらおうかな。代わりに美味 い酒奢ってやるよ」
「僕、飲めませんってば」
「鍛えてやろうっての」

きっと、約束の日は来ない。
事件が解決される時は、どちらかが死ぬ時だ。
あるいは両方か。

それでも、約束が嬉しかった。
決して果たされることのない約束を彼女の心に刻んだ夜は、まだ悲劇の終わりを知ら ない。
この薔薇の花が枯れる頃の悲劇を、雪平だけがまだ知らずにいた。
                    






                              終





writerd by,nekomimi
雪平って、黒い薔薇のイメージなんだけど、赤い薔薇も似合うよなーとか思って。
ちなみに二人の身長差がツボなので、
抱き締めるシーンを書いてるのは楽しいです。